有象無象


ナ チ シ ダ


「おっ! なんだこのシダは?」
初めてナチシダの存在に気がついたときの心の動きを、いまだに覚えている。シダにしては異形というべき、柄が地面から一メートル程もすい、と立ち上がり、そのてっぺんに普通のシダ葉が五枚つくという、ちょうど秋田ブキのようなプロポーション。大きな割にしっとり感のあるシダである。
 それまで現にそこに見えているのにさっぱり脳が認識しなかった植物が、関心がわいてきて植物眼が肥え出すと、次々に新種のような鮮烈さで眼に飛び込んでくるようになる、という時期だった。心ときめかせて図鑑をめくると、当然しっかり載っているのでがっかりして、それでも名前をつきとめたのだから上々だ、と大きくレベルを下げて満足したのだった。
 ナチシダという種名は、熊野の那智滝にちなむ。熱帯性のシダで、フィジーや東南アジアから、屋久島、熊野をへて伊豆の天城山の南麓まで黒潮沿いに分布しているらしい。屋久島ではだいたい標高三〇〇メートルから九〇〇メートルあたりに生育する。
 このナチシダが現在、異常に増えている。ちょうど四年前、一九九三年の台風十三号は、しばらくは立ち直れない程に屋久島の森を打ちのめしていったが、そのときに木が倒れたり枝が折れたりして大量に光の入る空間(ギャップ)ができた。シダやコケは胞子で飛び回るから足が早い。ギャップのうち、暖かく湿ったところを選んで、生長に光を必要とするナチシダが大躍進したらしい。至るところに群落が誕生しているのだ。
伐採などで斜面が崩れたりすると、森が復活する前にウラジロなどの陽性シダがぎっしり群落を作ることがある。ただウラジロははたまり水に極端に弱いという弱点がある。そこで谷沿いを担当するのが湿潤派陽性シダであるナチシダ、という事になるのだろう。あのフキのようなスタイルの葉は、叩きつける雨を受け止めて土壌の浸食を防ぐ力が強いはずである。
崩壊地などに生育するある種の苔類やナチシダなどのシダ類には、その場をとりあえず安定させ、かつ水分を保つ、という性質があるように思われる。屋久島のような風化花崗岩土壌の上で壊れた森が蘇るためには、この仕事が絶対に必要だ。そこで私はこういった植物を「森の癒し植物」と呼ぼうと思うのだが、少しアブナイだろうか?(小原)

Ynac通信6,7合併号掲載