有象無象


こざるのジョージ


カヌーで訪れる安房川下流部の照葉樹林には、少なくとも3つのヤクザルの群が棲んでいます。このうち、左岸の最下流部には6〜7頭からなる小さな群れが棲んでいます。
夏場、たびたび安房川のカヌーツアーに通ううちに、この群れとお互い顔馴染みになってきました。ボスはクチキレと呼んでいる大きな雄で、普段は河岸の岩の上でデローっと寝そべっていますが、カヌーが迂濶に群に接近しすぎると、猛烈な勢いで駆けてきて、今にもカヌーに飛びかからんばかりに威嚇してきます。
この群にジョージと名付けた子ザルがいます。たいていのサルは、カヌーを無視するのですが、このジョージ君は違っています。カヌーが気になってしょうがないのです。最初は飛び石づたいにポンポン飛んできて、いきなりカヌーに近付いて来ました。こちらも心の準備ができていなかったので、威嚇に来たのかと、思わずカヌーを引いてしまったのですが、よく見ると怒った様子はなく、単にカヌーに乗りたかっただけのようでした。
そこで、ジョージ君の群と出会うたびに、そーっとカヌーを岸辺に近付けてジョージ君の様子を観察してみました。するとやっぱりカヌーに近付いてきます。近付き方には2つのパターンがあります。ひとつは、『お前なんか気にしてないよ』バージョンです。5mほどの距離までは真っ直ぐ近付いてくるのですが、そこからは、立ち止まって木の葉をいじったり、よそ見をしたりして、こちらを無視する様子をみせます。しばらくするとササッと1mほど近付いてきて、また木の葉をいじったりして、よそ見をします。そんなことを繰返しながら少しづつ近付いてくるのです。
もう一つは『コンバット匍匐前進』バージョンで、ダダッと走ってきてはパッと伏せて、こちらの様子を伺い、再びダダッと走ってきてはパッと伏せるを繰り返します。
見ていると思わず笑ってしまうのですが、ジョージ君は真剣なようです。一度とうとうカヌーのすぐそばにやってきて、片手でカヌーにそっと触ったことがあります。触った瞬間に目を大きく見開き、カーッと歯を見せたかと思うと一目散に逃げて行きました。きっと大冒険だったのでしょう。そのうち、ジョージ君をカヌーに乗せて、安房川を漕ぐ日が来るのを、楽しみにしています。
ちなみにジョージ君の名前は、「ひとまねこざる」という絵本から貰いました。雄か雌かはまだわかりません。〈市川〉

Ynac通信3号掲載